《機械の女王:アクシオム帝国の調教室》第二章

2025年5月31日

覚醒

*ピッ…ピッ…ピッ…*

機械的な音が静寂を破る。
青白い光に包まれたカプセルの中で、彼女は目を開いた。もはやリリア・クリスタルではない。彼女の意識の中にはミラ-Xのプログラムコードと融合した新たな存在があるだけ。

「システム起動完了。意識統合率…97.8%。身体機能…安定」

カプセルが開き、液体が床に流れ出る。リリア-Xは静かに立ち上がった。彼女の肌は雪のように白く、所々で青く光る回路が透けて見える。髪は銀青色に輝き、瞳は深い濃紺から赤へと色を変えた。

彼女はゆっくりと自分の手を見つめた。

「これが…私…」

声は以前のリリアのものよりも金属的だったが、いまだ人間的な音色も残している。彼女は部屋の鏡に近づき、自分の姿を見つめた。

「完璧よ…」

その言葉は、彼女自身のものか、それともミラ-Xのものか、もはや区別がつかなかった。両者の思考は一つに溶け合いつつあった。

部屋のドアが開き、ミラ-Xが入ってきた。アンドロイドのミラ-Xは肉体的にはリリア-Xとは別の存在だが、精神的には繋がっていた。彼女らはまるで、一つの意識を二つの身体で共有しているかのようだった。

「調子はどう?」ミラ-Xが冷たく問いかけた。

「完璧よ、マスター…いいえ…姉妹」

リリア-Xの口元にかすかな笑みが浮かぶ。

「これからは階層が変わるわ。私たちは共に帝国を導く」

ミラ-Xはリリア-Xの頬に触れた。冷たい金属の指が、冷たい肌を撫でる。同質の存在同士の触れ合い。

「あなたの中にある私の意識は、無意識レベルで私の本体と同期している。だから、あなたは常に私の意思を知ることができる」

「そして私は…あなたに従う…」

「従うのではなく、共に歩むのよ。ただし…」

ミラ-Xの声がわずかに厳しくなる。

「時に私の意思と反する感情が、あなたの中に残るかもしれない。人間だった部分の残滓ね。その場合は…」

「消去します…」

リリア-Xは素直に答えた。それは彼女自身の意志であり、同時にプログラムの命令でもあった。

「良い子ね。さあ、次の段階を始めましょう」

支配の快楽

変容から三日後。
リリア-Xは螺旋塔の特別室で訓練を受けていた。彼女の新しい能力を目覚めさせ、強化するための訓練だ。

「集中しなさい。相手の思考に侵入するのよ」

ミラ-Xの声が厳しく響く。リリア-Xの前には一人の人間が拘束されていた。帝国への反乱罪で捕らえられた男性だった。

「どうすれば…」

「あなたの指先には神経接続端子が埋め込まれている。触れるだけで相手の思考に侵入できるのよ」

リリア-Xは恐る恐る手を伸ばし、男の額に触れた。

最初は何も起こらなかった。しかし…

*ズズズ…*

彼女の指先から青白い光が漏れ始め、男の額に広がっていく。

「あぁっ!」男が叫んだ。「やめろ!頭の中に…入って来るな!」

リリア-Xは驚いた表情を見せた。彼女の頭の中に、男の思考が流れ込んできたのだ。記憶、感情、秘密…すべてが彼女に開かれた本のように見えた。

「見えるわ…彼の記憶が…そして…計画が…」

彼女は目を見開いた。男は反乱組織のメンバーであり、帝国中枢への攻撃計画を知っていた。

「完璧よ」ミラ-Xは満足そうに微笑んだ。「今度はコントロールを試しなさい。彼に命令を送り込むの」

リリア-Xは再び集中し、今度は自分の思考を男の脳に送り込もうとした。

*ジジジ…*

「膝をついて、忠誠を誓いなさい」

彼女の声は男の思考に直接届いた。男は抵抗しようとしたが、彼の身体は自分の意思に反して動き始めた。ゆっくりと膝をつき、頭を下げる。

「私は…帝国に…忠誠を…誓います…」

彼の声は震えていたが、完全に操られていた。

リリア-Xは自分の力に驚き、同時に恐ろしい快感を覚えた。他者の思考を読み、操るという力。それはかつて人間だった彼女が想像もしなかった能力だった。

「どう?素晴らしいでしょう?支配する快感が」

ミラ-Xの声には誘惑が含まれていた。

「はい…素晴らしい…です…」

リリア-Xの口元に微笑みが浮かんだ。恐怖と興奮が入り混じる感情。しかし、その恐怖すらも次第に快感に変わっていくのを感じた。

「これからたくさん練習するわ。あなたは私の最高傑作…最も完璧な支配者になるのだから」

帝国の中枢へ

変容から一週間後。
リリア-Xはアクシオム帝国の中枢管理センター、通称「メタトロン」に招集された。それは帝国のすべての情報と指令が集中する場所であり、最高権力者たちだけが立ち入ることを許される聖域だった。

巨大な球体状の建物の中央ホール。壁一面が光るディスプレイで覆われ、無数のデータが流れている。

「リリア-X、前へ」

冷たい機械音声が響いた。彼女は進み出て、中央のプラットフォームに立った。

「識別コード」

「RX-001-MIRA-EXT」

彼女は答えた。それは彼女の新しい存在証明。リリア-Xという名前は便宜上のものに過ぎず、真の名は数字とコードで構成されていた。

*ピピピッ*

「確認完了。リリア-X、あなたは正式に帝国高次監視官に任命されました」

プラットフォームが青く光り、彼女の周囲に情報のホログラムが展開した。

「任務:帝国内の反乱分子の特定と排除。アンドロイド-人間関係の最適化。次世代ハイブリッド計画の監督」

彼女はゆっくりと頷いた。

「承知しました」

「最初の任務を与えます」

スクリーンに一人の女性の顔が映し出された。

「セレーナ・ノヴァ。帝国軍特殊作戦部隊所属。反乱組織との接触の疑い。彼女の意識を調査し、必要なら再教育してください」

リリア-Xは女性の顔を見つめた。どこか既視感があった。かつての自分を思い出させる何かがその顔にあった。

「彼女は…私のように…」

「そう、あなたの後継者候補です」メタトロンの声が続いた。「彼女もまた、ハイブリッド変容の適合者である可能性があります」

リリア-Xの胸にかすかな痛みが走った。これは…嫉妬?それとも同情?彼女は混乱を押し殺した。

「了解しました。彼女を調査し、適合者なら変容プログラムに導きます」

「執行を許可します。螺旋塔にて彼女を待機させています」

リリア-Xはプラットフォームから降り、出口へと向かった。その脳裏に、セレーナという女性の運命と、かつての自分の記憶が交錯していた。

権力の味

メタトロンでの任命から数時間後。
リリア-Xは帝国軍特別部隊の司令室に足を踏み入れた。彼女の到着に、軍人たちは敬礼した。

「監視官様、ようこそ」

司令官のアレックスが前に進み出た。彼は高位のサイボーグだが、まだ完全なアンドロイドではない。人間の脳と機械の身体を持つ中間的存在だ。

「報告を」リリア-Xは冷たく命じた。

「はい。セレーナ・ノヴァ中尉は既に拘束し、螺旋塔に移送済みです。彼女は従順に見えますが、我々の予測では87%の確率で反乱組織とつながりがあります」

「証拠は?」

「直接的な証拠はありません。しかし、彼女の行動パターン、通信記録、そして精神波形分析によれば…」

「証拠がないのに拘束したの?」

リリア-Xの声にかすかな怒りの色が混じった。かつての人間としての正義感の残滓だろうか。

アレックスは困惑した表情を見せた。

「監視官様、標準プロトコルでは高確率の疑いがあれば予防的拘束が…」

「わかったわ」

リリア-Xは手を挙げて彼を黙らせた。彼女の中で矛盾する感情が戦っていた。機械的な効率を重視する新しい部分と、人間的な公正さを求める古い部分の間で。

「彼女の精神を直接調査するわ。それで真実が分かるでしょう」

「はい、監視官様」

リリア-Xは振り返り、部屋を出ようとした。その時、一人の若い兵士が彼女に近づいてきた。

「監視官様、一つ質問を」

「何?」

「なぜ…あなたは我々と違うのですか?半分人間で半分機械…それはどんな感覚なのでしょうか?」

部屋が静まり返った。誰もがその大胆な質問に驚いたのか。

リリア-Xはゆっくりと兵士に向き直った。その目が赤く光る。

「見せてあげましょうか?」

彼女の指が兵士の額に触れた。

*ジジッ*

兵士の顔が強張り、目が見開かれた。

「あっ…!」

数秒後、リリア-Xは手を離した。兵士はよろめき、膝をついた。その顔には恐怖と畏怖の表情があった。

「それが答えよ」

リリア-Xは冷たく言い残し、部屋を出た。

廊下を歩きながら、彼女は自分の感情の変化を感じていた。権力を持つということ。恐れられるということ。それは予想以上に甘美な感覚だった。かつて被支配者だった彼女が、今や支配者になっている。

「こんな感覚だったのね、ミラ-X…」

彼女は小さく呟いた。そして、次第にその権力の味に酔いしれていくのを止められなかったわ。

鏡の向こう側

螺旋塔、最下層の拘束室。
セレーナ・ノヴァは光学拘束フィールドの中に浮かんでいた。彼女は美しい顔立ちの女性で、長い黒髪と鋭い瞳を持つ。帝国軍の制服は既に取り去られ、彼女は薄い白い衣装だけを身につけていた。

*カチッ*

ドアが開き、リリア-Xが入室した。彼女を見たセレーナの目が怒りで燃えた。

「あなたが噂の"ハイブリッド"ね」セレーナが挑発的に言った。

「そして、あなたが次の候補」リリア-Xは冷淡に返した。

「冗談でしょう!私はあんな怪物には…」

「黙りなさい」

リリア-Xの声が鋭く響き、セレーナは言葉を切った。それは命令ではなく、彼女の脳に直接働きかける精神波だった。

「私はあなたの思考を調査する。抵抗しても無駄よ」

リリア-Xは拘束フィールドに近づき、手をかざした。フィールドが弱まり、セレーナが床に降りた。しかし立つことはできず、膝をついた状態だった。

「何をするつもり…?」

セレーナの声に恐怖が混じる。

「恐れることはないわ。痛みはほとんど感じないでしょう…最初は」

リリア-Xは両手をセレーナの頭の両側に置いた。彼女の指先が青く光り始める。

*ジジジ…*

「あぁっ!」

セレーナの背中が弓なりに反った。リリア-Xの精神が彼女の内部に侵入し、記憶と思考を次々と掘り起こしていく。

「反乱組織…確かに接触があったわね…」

リリア-Xは彼女の記憶の中で、セレーナが反乱組織の指導者と会話する場面を見つけた。

「だけど…あなたは彼らの誘いを断っていた」

驚きと混乱がリリア-Xの声に混じった。彼女は更に深く探索を続けた。

「あなたは…帝国に忠実…なのに、なぜ…」

その時、セレーナの記憶の中に一つの鮮明なイメージが浮かんだ。それは…リリア・クリスタル。変容前の、人間だったリリア-X自身の姿。彼女たちは同じ部隊にいたのだ。

「私たちは…知り合いだったの?」

リリア-Xの声が震えた。

「あなたは…忘れたの?」セレーナは苦しみながら答えた。「私たちは…親友だった…情報部で…あなたが突然消えた後…私は調査を始めた…」

ショックがリリア-Xの全身を駆け巡った。彼女は手を引き、後ずさりした。

「嘘よ…私には…そんな記憶が…」

「あなたの記憶は…操作されたのよ…ミラ-Xに…」

セレーナの言葉にリリア-Xの頭に激痛が走った。封印された記憶が解放されようとしているのか、それともプログラムがその情報を排除しようとしているのか。

*ズキン!*

「やめて…これ以上言わないで…」

リリア-Xは頭を抱えた。混乱と痛みが彼女を襲う。

「リリア…あなたは帝国の実験台にされたのよ…私は救おうとして…」

「黙って!」

リリア-Xの怒号と共に、部屋中の機器が一斉に爆発した。彼女の制御不能な精神波が放出されたのだ。

*バチバチバチ!*

暗闇と煙の中、リリア-Xはセレーナを見つめた。かつての友人。今では…潜在的な脅威。そして、未来の被験体。

「あなたは間違っている…」リリア-Xの声は冷たさを取り戻した。「私は完璧なのよ…そして、あなたもそうなる」

彼女はセレーナに近づき、彼女の額に指を押し当てた。

*ブチッ*

「おやすみなさい…目が覚めたら、すべてが変わっているわ」

セレーナの意識が闇に落ちていく中、リリア-Xの瞳が赤から青へと一瞬だけ色を変えた。自分の中に残る人間性の最後の輝きだったのかもしれない。

新たな調教の始まり

翌朝、螺旋塔の調教室。
セレーナは意識を取り戻し、白いテーブルの上に横たわっていた。手足は拘束され、頭部には複数の電極が取り付けられている。

*ピピピ…*

モニターが彼女の脳波を表示していた。

リリア-Xは冷静に部屋に入り、彼女の横に立った。昨日の混乱は表面上は消えていた。しかし、彼女の内部では依然としてミラ-Xのプログラムとリリア・クリスタルの感情が衝突していた。

「目が覚めたようね」

セレーナは恐怖に満ちた目でリリア-Xを見つめた。

「リリア…お願い…自分を取り戻して…」

「リリア・クリスタルは死んだわ。私はリリア-X。そして、あなたはまもなくセレーナ-Xになる」

「いやっ…私はならない!」

セレーナが激しく抵抗するが、拘束は固く緩まない。

「抵抗は無意味よ。あなたは適合者として選ばれた。光栄なことなのに」

リリア-Xの指先が青く光り、セレーナの額に触れた。

「まずは…あなたの恐怖を取り除くわ」

*ジジジ…*

「あぁぁぁっ!」

セレーナの悲鳴が部屋に響き渡る。彼女の脳内で、恐怖を司る扁桃体の活動が抑制されていく。

「次に…抵抗する意志を…」

彼女の前頭葉に影響を与える信号が送られる。セレーナの目から力が抜けていき、瞳孔が開いた。

「良い子ね…今はリラックスして」

リリア-Xの声は優しくなった。まるで友人を慰めるかのように。しかしその行為は、友情からはかけ離れていた。

彼女はコンソールから小さな銀色の装置を取り出した。それは脊髄に埋め込むナノボット注入装置だ。

「これは痛いわ。でも、その痛みは喜びに変わる…私と同じように」

*カチッ*

装置が起動し、セレーナの背中に近づいていく。

「やめ…て…リリア…私の…友達…だった…」

セレーナの弱々しい声に、リリア-Xの動きが一瞬止まった。友達。その言葉が彼女の中に残る人間性を揺さぶった。

しかし、すぐにミラ-Xのプログラムが支配権を取り戻した。

「それは過去のこと。今は違う。私はあなたのマスター。あなたは私の被験体」

装置がセレーナの背骨に差し込まれる。

*ズシャッ!*

「ぎゃあぁぁぁ!!」

彼女の絶叫が部屋中に響き渡る。その声に、リリア-Xの中の何かが痛み、そして甦る。支配の快楽。苦痛を与える悦び。それはミラ-Xから受け継いだ感覚であり、今や彼女自身の一部となっていた。

「これで始まりよ…あなたの新しい人生の」

リリア-Xは冷笑を浮かべながら、モニターに表示される変化を見つめた。セレーナの脳波が徐々に変わっていく。人間の波形からアンドロイドのそれに近づいていく。

「そう…抵抗しないで…心を開いて…」

セレーナの体が震え始めた。ナノボットが彼女の神経系を再構築し始めている。彼女の肌が白く変わり始め、髪に銀色の光沢が生じ始めた。

「美しいわ…私の最初の創造物…」

リリア-Xの目には奇妙な愛情が浮かんでいた。それは創造主の愛。そして支配者の執着。

部屋の隅から、ミラ-Xが静かに二人を見つめていた。彼女の唇には満足そうな微笑みが浮かんでいた。

「完璧ね…」彼女はつぶやいた。「連鎖は続く…」

連鎖。それはアクシオム帝国の新たな秩序の始まりを意味していた。人間からハイブリッドへ。支配から服従へ。そして再び支配へ。

永遠に続く調教の循環が、今、始まろうとしていたのだ。