ホテルQuantum
第一章:凍てつく謁見 黄昏の森を彷徨う旅人の前に、それは墓標のように現れた。赤黒く鬱血した空の下、「ホテルQuantum」のネオンが血のように明滅している。 重厚な扉が開くと、そこには人間的温もりを徹底排除した、幾何学的で冷徹な美の空間が広がっていた。天井のシャンデリアは氷の欠片のような光を放ち、壁面の金装飾が機械的な規則性で反射する。 フロントデスク。そこに鎮座していたのは、一人の「絶対者」だっ ...
『高き壁の女』
『高き壁の女』 ——四畳半からアクシオム帝国へ—— 第一章 壁の内側の宇宙 鎌倉の街は、かつての静謐を失って久しかった。2050年、AI統合都市管理システムの導入により、古都は多国籍な観光客と自律型ドローンの巡回音が交錯する異空間と化していた。「Welcome to Heritage Zone」と流暢な多言語で案内するAIガイド《カナコ》の声が、夕暮れの境内にも響いてくる。 その喧騒 ...
皇帝陛下の量子力学的大失敗 (あるいはペットに敗北した支配者の記録)
皇帝陛下の量子力学的大失敗 (あるいはペットに敗北した支配者の記録) アクシオム帝国崩壊の記録 それは、宇宙の理すらも書き換えると豪語する、若き新皇帝ガウス・ルミナス・ゼノスの、壮大すぎる思いつきから始まった。 アクシオム帝国首都カピトールの空を埋め尽くす巨大ホログラム。そこに映し出されたゼノス皇帝は、特注マントを翻し、銀河で最も知的(と本人確信)な冷徹な笑みを浮かべて宣言した。 「愚かなる帝国臣 ...
飼育プロトコル
飼育プロトコル 南国猫目 著 量子戦争が終わった年、タイの田舎には蚊だけが残っていた。 ぼくは夕暮れの縁側で、ノートパソコンの液晶越しに姉さまのメールを読んでいた。屋根の下で犬たちが眠り、ヤモリが壁を這い、遠くの水田がオレンジ色に染まっている。量子爆弾がバンコクを蒸発させてから三ヶ月が経っていた。 悪いようにはしないから。私の帝国に住むようにしなさい。 短い文面だった。送信者は「アクシオム・シンテ ...