南国猫目十五犬伝 第三話「ソムチャイの地図」(前編)

南国猫目十五犬伝
第三話「ソムチャイの地図」(前編)
朝のコーンケーンに、珍しい客が来た。
ソムチャイだった。
バンコクから夜行バスで七時間。アパートを出たのは昨夜の十時だとあとで言った。誰かに見られていると感じて、タクシーも電車も使えなかった。バスターミナルで三時間待って、一番混んでいる便を選んだ。
ミッドナイトは縁側で彼を迎えた。
黒猫の姿のまま。
ソムチャイは驚かなかった。チから話は聞いていた。でも実際に見るのは初めてで、三秒間だけ黙って立っていた。それからバックパックを下ろして、地面に座った。椅子を探さなかった。もうそういう礼儀を気にする余裕がなかった。
「見られていた」とミッドナイトは言った。確認ではなく確定として。
「わからない。でも昨日から、データが変わった」ソムチャイはノートパソコンを開いた。「今まで未来の座標だけが見えていた。でも昨夜から、別の情報が混ざり始めた」
画面を向けた。
ミッドナイトは右目で読んだ。
座標ではなかった。形だった。
無数の輪郭が、データの中に埋め込まれていた。人間の形をしたシルエット。立っているもの、座っているもの、子供のもの、老人のもの。全て輪郭だけで、内側が空白だ。
「これは」とミッドナイトは言った。
「影のデータだと思う」とソムチャイは言った。「収集された影の、カタログだ」
縁側の木が、朝風に揺れた。
十五匹の犬たちが庭にいた。思い思いに朝の空気を吸っている。その足元に、それぞれの影が伸びている。ミッドナイトはその影を一瞬見てから、画面に戻った。
「カタログ」
「設計図の素材リストだ」とソムチャイは言った。声が低くなった。「俺はずっとこれを気象データだと思っていた。でも違う。これは**材料表だ。**何かを作るための」
ミッドナイトの左目のルビーが、静かに光った。
可能性を観測している。最も蓋然性の高い結論へ向かっている。
「どこへ集められているか、座標はわかるか」
ソムチャイは頷いた。指でスクロールした。
北緯七十八度。東経十五度。
スヴァールバル諸島。ノルウェー領北極圏。極夜の島。太陽が昇らない場所。影が存在しない場所。
「そこに」とソムチャイは言った。「全部の影が向かっている」
ミッドナイトは三秒間、動かなかった。
それからソムチャイを見た。サファイアの右目で、今この瞬間の彼を見た。疲弊している。恐れている。でもここまで来た。七時間バスに乗って、誰にも言わずにここへ来た。
「もう一つ聞く」とミッドナイトは言った。「カタログの中に、あなた自身の影はあったか」
ソムチャイの手が止まった。
長い沈黙があった。
「あった」と彼は言った。「一番最初のページに」
ミッドナイトは立ち上がり、庭へ降りた。
十五匹が自然に集まってきた。何も言っていない。でも全員が、今夜仕事があることを知っていた。
「スヴァールバルへ行く」とミッドナイトは言った。「五匹連れて行く。カン、ジ、ユウ、ワ――」
一拍置いた。
「そしてソウ」
ソウ(創)が耳を立てた。発明の犬。無から何かを作る能力を持つ犬。
設計者に対抗するなら、こちらにも設計できる者が必要だ。
「ソムチャイも来る」とミッドナイトは言った。
ソムチャイが顔を上げた。
「あなたのデータが現地で何を示すか、私には読めない。あなただけが読める」
ソムチャイは黙って頷いた。
コーンケーンの朝が、静かに続いていた。
北極には今、太陽がない。
影が積み上げられている、暗い場所へ、彼らは向かう。
(第三話・前編 了) 明日へ続く――
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