十界 – 魂の遍歴 ep.2 第二章:餓鬼界 – 満たされぬ渇望

光の階段を上りきると、彼の目の前に広がったのは異様な都市の光景だった。高層ビルが立ち並ぶが、そのすべてが歪んでいる。建物は飢えた胃袋のように膨らみ、窓は貪欲な目のように光っていた。

街を歩く人々は皆、異常に痩せ細っていた。彼らの首は細く長く、口は針のように小さい。手には様々な物を掴んでいるが、どんなに口に運ぼうとしても、食べることができずにいる。

「餓鬼界へようこそ」

ユリアナが現れた。しかし、ここでの彼女の姿は先ほどとは違っていた。同じように痩せ細り、渇望に満ちた表情をしている。

「ここでは欲望そのものが呪いとなる。どんなに求めても、決して満たされることはない」

彼も自分の体を見下ろして愕然とした。みるみる痩せ細っていく体。喉の奥から這い上がってくる、得体の知れない飢餓感。しかし、それは食べ物への欲求だけではなかった。

愛、承認、名声、権力…あらゆる欲望が一度に押し寄せてくる。心の中で何かが叫んでいる。「もっと、もっと!」

街の中央にある巨大な広場に向かった。そこには無数の人々が群がり、中央の光る球体に手を伸ばしていた。近づいてみると、それは純粋なエネルギーの塊のようだった。

「あれは何だ?」

「この界のすべての欲望が集約されたもの。誰もがそれを手に入れようとするが、触れた瞬間に消えてしまう」

実際、球体に触れた者は皆、落胆の表情で手を引っ込めていた。しかし、数秒後にはまた手を伸ばし始める。永遠に繰り返される無意味な行為。

その時、彼の脳裏に映像が浮かんだ。豪華な邸宅、高級車、美しい女性…しかし、それらすべてが色褪せて見える。なぜなら、もっと豪華な、もっと高級な、もっと美しいものが存在するから。

「君の前世を思い出したか?」ユリアナが問いかけた。

「私は…富豪だった?」

「その通り。アクシオム帝国の資源開発部門で権力を握っていた。しかし、どんなに富を蓄積しても満足できなかった。そして最後には…」

記憶の扉が少し開いた。惑星一つを丸ごと破壊し、資源を略奪した映像。無数の生命が失われる瞬間。利益のためなら何でもするという冷酷な決断。

「私は…悪魔だった」

自己嫌悪が胸を締め付ける。しかし、ユリアナは厳しい表情で言い放った。

「自己憐憫に浸るのも欲望の一つだ。今すぐやめなさい」

彼女の言葉は氷のように冷たかった。

「君が学ぶべきは、欲望そのものを否定することではない。それをコントロールすることだ。欲望は生きる力でもある。問題は、それに支配されることだ」

広場の隅で、一人の老人が静かに座っていた。他の者たちとは違い、中央の球体には目もくれない。代わりに、小さな花を見つめている。

「あの方は?」

「この界で最も長く滞在している魂の一つ。しかし、彼は既に次の段階への準備ができている」

老人に近づくと、彼は穏やかな笑顔を浮かべた。

「君は新しい旅人だね。私はもうすぐここを離れる」

「どうやって?」

「欲望を手放すのではなく、それを他者への思いやりに変えることを学んだのだ。自分だけでなく、すべての存在の幸福を願うようになったとき、飢餓は消えた」

老人の体が光り始めた。

「これが畜生界への道か?」

「いや」老人は首を振った。「私は人界を飛び越えて、直接天界へ向かう。君にもその可能性はある。しかし、それは君次第だ」

老人は光となって消えた。残されたのは、美しく咲いた花だけ。

彼はその花を手に取った。不思議なことに、触れても枯れることはない。それどころか、持っているだけで心が満たされていく。

「これが…本当の満足?」

「一つの魂の欠片を取り戻したようだね」ユリアナが言った。「欲望を他者への慈悲に変える力。これは君の旅路で必要になる」

花は彼の胸の中に吸収されていった。同時に、飢餓感が和らいだ。完全に消えたわけではないが、コントロールできるようになった。

「次は畜生界よ。そこでは本能と理性の戦いが待っている」

再び光の階段が現れた。しかし今度は、上るのが少し楽になっていた。魂の欠片が一つ戻ったことで、力が増していたのだ。

餓鬼界を見下ろしながら、彼は思った。欲望は悪ではない。しかし、それに支配されれば地獄になる。大切なのは、その力を正しい方向に向けることなのだ。