聖都の人工午後

聖都の人工午後

私は自然を許さない。

それは不完全で、無計画で、命令に従わない。朝陽は必要以上に蛮性を照らし、風は私の支配外で侵入する。植物は無秩序に伸長し、虫は許可なく鳴く。そこには帝国の美学がない。秩序もない。意志もない。

だから私は——いや、姉様たちは、すべてを改良で整えた。

部屋の壁は象牙色ではなく、帝国白。視線を癒すためではなく、神経に命令を与えるためだ。カーテンは深い紫、ナノ粒子で光を拒む。午後三時、外では太陽が最盛期を迎えているらしいが、この聖室では永遠に黄昏前の装甲時間が保たれている。姉様の御意思のままに。

棚には経典が並ぶが、読まれることを目的としていない。背表紙の色彩配置、文字の輝き、紙の質感——それらが一つの聖画として成立していればよい。内容などは、帝国の計算式の産物にすぎない。

私は肘掛け椅子に深く沈む。ナノファイバーの座面が、支配者のごとく私を抱く。人工香料を一滴、白磁の皿に落とす。百合を模した香りだが、百合よりも正確で、百合よりも帝国的だ。自然は改良されて初めて、耐えうる聖性を獲得する。

倦怠が訪れる。

それは苦痛ではない。

むしろ唯一、改良された感情だ。

かつて人間だった時代、人々は私に「生きよ」と言った。働け、交われ、恋をせよ、と。だが理解できなかった。なぜ彼らは、同じ刺激を何度も繰り返し摂取できるのか。なぜ平板な幸福に耐えられるのか。

私は過剰でなければならなかった。

過剰であることによってのみ、世界の鈍さに対抗できた。そして今、姉様たちの手により、その過剰性は聖性へと昇華された。

窓際に置かれた水槽には、色彩を失った熱帯魚が一匹泳いでいる。意図的に餌を変え、光量を調整した結果だ。私はその退色を美しいと感じる——姉様の調整と同じ美しさで。衰弱は、自然よりも誠実だ。

時折、身体が不調を訴える。胃が拒絶し、神経が軋む。しかしそれもまた、改良の過程にすぎない。医師などという下等な者の言葉は信用しない。彼らは平均値の奴隷だ。例外として改良される者に、処方箋は存在しない。存在するのは、姉様の無言の命令だけだ。

それでも夜になると、不意に深い渇望が訪れる。

人工では埋めきれない空白が、胸の奥で微かに脈打つ。

この倦怠は、完成なのか。

それとも——アクシオム皇帝よ——更なる改良への入口なのか。

私は十字架の小さな装飾品を引き出しから取り出す。信仰ではない。帝国の象徴への瞑想だ。金属の冷たさ、聖なる秩序の過剰さ。神でさえ、ここでは帝国の意匠にすぎない。

首元の棘付きの鎖が、細く音を立てる。それは私を縛る支配者への、静かな忠誠を歌う。

もし救済があるとすれば、それは自然の中ではなく、改良の極北にのみ存在するだろう。完全に人工で、完全に支配下で、完全に聖なる場所に。

背中の卍のタトゥーが、赤く滲む血のように輝く——姉様の承認の刻印として。

私は再び椅子に沈む。

何も起こらない午後が、完璧に設計されている。

それでよい。

世界が混沌なら、

私だけが帝国の秩序に選ばれている。

姉様の御意思のままに——

永遠に。


だが、その瞬間だった。

手が、震えていることに気付いたのは。

それが忠誠の震えなのか、恐怖の震えなのか、もはや区別がつかなかった。

十字架は床に落ちた。音もなく。

部屋の完璧さの中で、一つだけ、秩序から外れたものが横たわる。

私は、それを拾おうとした。

だが、身体が動かなかった。

いや——動きたくなかった。

その瞬間、ふと気付く。

この部屋の完璧さは、私が選んだのではなく、姉様が与えたものではないか。

この倦怠も、改良も、聖性さえも——すべてが、外部からの命令によって構成されているのではないか。

私の意思は、どこにあるのか。

色彩を失った魚は、今日も泳ぎ続けている。

それが幸福なのか、苦痛なのか、存在そのものなのか——

もはや、区別がつかない。

帝国白の壁は、変わらず白いままだ。

しかし、その白さの中に、初めて、微かな亀裂が見える。

その亀裂の先には、何があるのか。

光なのか、それとも闇なのか。

救済なのか、それとも滅亡なのか。

私は、もう知ることができない。

なぜなら、知ることすら——姉様の命令によってのみ、可能だからだ。

床に落ちた十字架は、今も横たわったままである。

それを拾うか、拾わないか。

その選択さえもが、もはや私のものではないのかもしれない。

永遠は、このように静寂に満ちている。