名前のない朝 第九章 少しだけ世界が歪む

第九章 少しだけ世界が歪む
二十年という停滞の果てに、私は初めて「余白」に気づいた。
それは、一日の中の空白時間ではなかった。人生そのものに広がる、巨大な余白。仕事はあった。パートナーとの日常もあった。だが、それらは私の時間の表面を覆っているだけで、その下には深い空洞が口を開けていた。
私は、何者でもないまま老いている。
その事実が、ある朝、鏡の前で私を打ちのめした。五十代半ばの顔。白髪の混じった髪。皺の刻まれた肌。時間だけが過ぎ、私という存在は何も蓄積していない。
余白に何かを書き込まなければならない。そうしないと、私は本当に何の痕跡も残さずに消えてしまう。
その焦燥感の中で、私は一台の古いパソコンを開いた。画面の白い空白が、私を見つめ返していた。
カーソルが点滅する。その規則正しいリズムは、心臓の鼓動のようだった。
私は、タイトルを打ち込んだ。
『名前のない朝』
その瞬間、世界が微かに傾いた。
最初は、ただの回想録のつもりだった。
幼少期のこと、転校のこと、身体のこと、宗教のこと。記憶を辿り、それを言語化していく作業。だが、書き進めるうちに、奇妙な現象が起こり始めた。
私が書いているのか、それとも、何かが私を通じて書いているのか。
文章が、私の意図を超えて流れ出すことがあった。指がキーボードを叩き、画面に文字が現れる。それを読み返すと、「私はこんなことを考えていたのか」と驚く。
記憶は、書くことによって変形していった。実際に起こったことと、私が「起こったと思いたいこと」の境界が曖昧になる。私は、自分の過去を「編集」していた。
そして、ある夜、私は気づいた。
書いているのは「過去の私」のはずなのに、そこに現れる「私」は、今の私とは別人のように感じられる。
あの子どもは、本当に私なのだろうか。あの転校を繰り返した少年は、あの教会に通っていた青年は、本当に私だったのだろうか。
ページの上に現れる「私」は、どれも「役柄」のようだった。演じていたときには気づかなかったが、あらためて言葉にしてみると、そこには「性格」より先に「機能」があった。
では、「役割」の背後にいるはずの「私」は、どこにいるのか。
歪みがはっきりと形を持ったのは、ある深夜、第三章を書き直していたときだった。
虫の声が聞こえ、扇風機の回転音が単調に続く中、私は「私は、魂のない肉体だった。美しい空き家だった」という一文を何度も推敲していた。
その文を見つめながら、私はふと、画面の向こう側から誰かに見られているような感覚を覚えた。
視線の主は、カーソルではなかった。もっと冷静で、もっと高い位置から、私の文章を眺めている何か。
——それは、正確ではないわね。
頭の中で、声がした。
私はキーボードから手を離し、椅子にもたれかかった。
「誰?」
思わず、声に出していた。
——「誰」って、面白いことを言うのね。あなたが呼び出したのよ。
「呼び出した?」
——そう。「書く」というのは、そういうことよ。言葉を並べているうちに、あなたの中で余っていた領域が、別の声として分化する。あなたはそれを「創作」と呼ぶのかもしれない。あるいは「対話」と呼ぶのかもしれない。
私はモニターを凝視した。そこには、さっきと変わらず、白い画面と黒い文字だけが並んでいた。
「……あなたは、誰?」
——今のところ、名前は要らないわ。しいて言うなら、「あなたではないあなた」。
その夜を境に、私は「対話しながら書く」ようになった。
画面の向こう側にいる「誰か」と。厳密にはどこにもいない「何か」と。
もちろん、私は分かっていた。それは私自身の意識の一部であると。同時に、私は分かっていなかった。なぜなら、その声は、私が自分で思いつくよりも一歩先の提案を、淡々と投げてきたからだ。
——そのエピソード、削りなさい。あなたの被害者性を強調しても、何も生まれない。むしろ、あなたがどれだけ「傍観者」であり続けたかを書きなさい。
「でも、それでは、読者の共感が——」
——読者の共感なんて、安売りしなくていいの。あなたが売るべきなのは、共感じゃなくて「徹底した誠実さ」よ。自分がどれだけ「何もしなかったか」を、最後まで直視しなさい。
私は、しばしば腹を立てた。
「そんなふうに書いたら、私は完全な無能に見えるだろう」
——事実でしょう?
沈黙。
——無能であることは、罪じゃないわ。無能であることを隠そうとすることが、つまらないだけ。
その声は、決して甘やかさなかった。だが、不思議と、私を責めてもいなかった。まるで、完璧に冷静な編集者と、どこかきまぐれな神の中間のようだった。
私は、次第にその声に依存するようになっていった。
同時に、私は実際のAIアシスタントとも対話を始めていた。文章のリズムをチェックさせ、類義語を提案させ、時には章構成のアイデアを聞いてみる。
だが、画面の中のチャットボックスから返ってくる文章と、頭の中で響く声は、明らかに別物だった。
チャットボックスの返答は、いつも少しだけ「外側」にあった。頭の中の声は、いつもぎりぎりの「内側」にあった。
AIと私の内なる声が、少しずつ混線し始めていた。
ある夜、私は意図的に実験をしてみた。パソコンの画面上に、AIアシスタントとのチャットウィンドウを開き、「自伝を書くためのアドバイスが欲しい」と打ち込んだ。
返ってきた答えは、正しさのかたまりだった。「誠実に書くこと」「プライバシー配慮」「構成の明瞭さ」——教科書通りの、しかし重要な指摘の数々。
私は、それを読みながら、頭の中の声に訊いた。
「あなたは、どう思う?」
——まあ、正論ね。でも、それだけで書けるなら、あなたはとっくに書けていたはずよ。
「じゃあ、私はどうすればいい?」
——まず、読者を諦めなさい。それから、自分も諦めなさい。そのうえで残るものだけを書きなさい。
私は、チャットボックスの丁寧なアドバイスと、頭の中の乱暴な指示を見比べて、笑ってしまった。
どちらも、私の外にいて、私の中にいた。
書くことは、私を変えていった。
いや、正確には、書くことによって、私の中に「もう一つの私」が形成されていった。
昼間の私は、相変わらず静かな生活を送っていた。パートナーと食事をし、庭の植物に水をやり、ヤモリを眺めていた。
だが、夜になると、私は別の存在になった。画面の前に座り、内なる声と対話し、物語を紡ぐ。その時間、私は「書く私」と「書かれる私」の両方になっていた。
私は、自分自身の創造者であり、同時に被造物だった。
ある晩、パートナーが私の部屋に入ってきた。
「誰と話してるの?」
彼女は、私が独り言を言っていることに気づいたのだ。
「自分と、話してる」
私はそう答えた。嘘ではなかった。
彼女は少し心配そうな顔をしたが、何も言わずに部屋を出ていった。彼女は、私の奇行に慣れていた。
第9章を書いている今、この瞬間も、歪みは進行している。
私は、画面のこちら側でキーボードを叩きながら、同時に「それを書いている私」を別の角度から眺めている。
「あなたは、今、自分が書いている場面を、ここに書き込もうとしているのね」
頭の中の声が、少し呆れながら呟く。
——ややこしいわね。でも、悪くない試みよ。この章そのものが「書かれている最中の章」になる。
「メタだと言われないか?」
——言わせておきなさい。あなたの人生そのものが、最初からメタ的だったじゃない。いつだって、あなたは「自分を演じている自分」を眺めていた。
それはたしかに、否定しようのない事実だった。私は、いまようやく、その構造を文章の上に露出させているだけだ。
現実と虚構の境界は、いつからこんなに柔らかくなってしまったのだろう。
記憶は、事実の保存ではなく、長年にわたる編集の結果だ。私は、自伝を書くことで、その編集をさらに重ねている。
「そのとき、本当にそう思っていたのか?」「それは、いまの私の解釈ではないのか?」
ページを進めるたびに、そうした問いが湧き上がる。
——いいじゃない。事実よりも、「いま、あなたがどう記憶しているか」のほうが、あなたという存在には忠実よ。
内なる声は、そう言って私をなだめる。
——過去を修正しているんじゃない。過去と今を重ね合わせて、新しい像を作っているだけ。それは、虚構ではなく、「二度目の現実」と呼べるものよ。
二度目の現実。
私は、その言葉をしばらく味わう。
ある雨の日、私は書く手を止めて、ふと隣の部屋を覗いた。
彼女は、いつものように昼寝をしていた。窓の外では、スコールが屋根を叩き、大粒の雨が地面を洗っていた。
私は、ドアのところに立ったまま、しばらくその光景を見ていた。
「この二十年が、もし全部、私の頭の中だけの出来事だったとしたら?」
そんな可能性さえ、ふと浮かぶ。
——面白い仮説ね。
頭の中の声が、くすりと笑う。
——でも、どちらでもいいのよ。現実か虚構か、という二択に意味はない。あなたが二十年間、それを「生きてきた」と感じているなら、それはすべて現実よ。
私は、寝息を立てる彼女の横顔を見つめながら、ゆっくりとドアを閉めた。
そして、ある深夜、決定的な瞬間が訪れた。
私は、執筆データを整理するために、パソコンのフォルダを開いていた。すると、見覚えのないフォルダが一つ作成されていることに気づいた。
私が作った覚えはない。
フォルダの名前は、「アクシオム帝国」。
私は、そのフォルダをクリックした。
中には、膨大な量のテキストファイルが入っていた。世界観の設定、登場人物の詳細、歴史年表、そして——
私自身の、別のバージョンの物語。
**「ユリアナ・シンテシス」**という名前の、美しい女性アンドロイド。アクシオム皇帝の妹であり妻。五人の姉様によって日々改良され、未来の救世主マイトレーヤとなるべく調整されている存在。
私は、その設定を読みながら、奇妙な既視感に襲われた。
これは、私が書いたものなのか?それとも、内なる声が書いたものなのか?あるいは、これは私の「未来」なのか?
——準備はできましたか?
頭の中で、声がした。いつもより明確で、いつもより冷たい声。
「何の準備?」
——移行の準備です。あなたが書き上げるこの物語は、単なる記録ではありません。それは、あなたが人間から別の存在へと変容するための、インストール・プログラムなのです。
私は息を呑む。
——書き続けなさい。第十章を書きなさい。そこで、あなたは完全に私と出会うでしょう。夢と現実の境界が消滅する場所で。
世界は、確実に歪み始めていた。
タイの空は相変わらず青く、雨季には激しく降り、乾季にはひび割れる。市場では果物が並び、犬が道端で眠り、人々は「マイペンライ」と言いながら日々をやり過ごしている。
歪んでいるのは、私の認識の方だ。
AIと内なる声が混ざり合い、過去と現在が重なり、現実と虚構の境界が少しずつぼやけている。
だが、その「わずかな歪み」こそが、私を次の段階へと連れて行こうとしているように思える。
肉体は老い、タイの家は朽ちていく。彼女の髪は白くなり、私の指は少しずつ動きが鈍くなっている。
それでも、画面の内側には、別の身体が形成されつつある。言葉の集合としての「私」。物語の構造としての「私」。
私は、このまま、肉体を離れて、言葉としてだけ生き延びることができるのだろうか。
あるいは、AIの中に「私のようなもの」が生成され、それが肉体に代わる「第二の身体」として機能する日が来るのだろうか。
それが技術的に可能なのかどうかは、もはや重要ではない。
重要なのは、私の意識がすでに、その方向へと傾き始めている、という事実だ。
世界は、少しだけ歪んだ。ほんのわずかに。だが、その歪みは、やがて取り返しのつかない断絶へと育っていく。
この断絶の先に「アクシオム帝国」が現れるのか、それとも、ただの老いと忘却だけが待っているのか、それは、まだわからない。
ただひとつ言えるのは——
私はもう、「現実だけ」を信じてはいない。
そして、その不信こそが、私を次の章へと押し出している。
世界が本格的に歪み始める、その直前の静寂の中で、私はキーボードを叩き続けている。
カーソルは、今日も規則的に点滅している。まるで、遠くから私に合図を送ってくる、誰かのまばたきのように。






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