名前のない朝 第六章 快楽の追求

第六章 快楽の追求
快楽は、私を一時的に消してくれた。
それは救いではなかったが、少なくとも「緊急停止ボタン」ではあった。私の頭の中で絶えず明滅する「おまえは誰だ」「おまえは何者だ」という問いかけが、強い刺激によって一時的にミュートされる。その静寂のために、私は多くのものを消費した。金も、時間も、体力も、そして倫理も。
二丁目を去った私が次に向かったのは、より直接的で、より暴力的な自己消去の方法だった。神も、共同体も失敗した。ならば、最も原始的で肉体的な手段——快楽によって、自己を溶解させることは可能なのか。
私は、気持ちよくなりたかったのではない。無になりたかったのだ。
最初は、旅行だった。
二十代の終わり、私は貯金を切り崩し、アジア各地を放浪し始めた。安い航空券を見つけては、週末ごとにどこかへ飛んだ。韓国、台湾、香港、バンコク、シンガポール。
移動は、最も手軽なドラッグだった。
知らない街を、誰にも知られずに歩く。そこでは、私には履歴がない。友人も、家族も、過去の失敗も、演じ損ねた人格たちも、誰一人として私を追ってこない。
空港からホテルへ向かうタクシーの中で、私は窓の外を流れる看板の文字を眺めながら、決まって同じことを考えた。
「ここでなら、私は本当に消えられるかもしれない」
異国の夜市で、プラスチックの椅子に座り、地元のビールを飲みながら、人々の喧騒を眺める。知らない言語が飛び交う。それらは音であっても、私にとっては意味を持たない。意味がないからこそ、心地よかった。
意味は、いつも私を傷つけた。意味は、私に「位置」を与えようとする。
だが、ここには位置がない。私は、ただの通りすがりの影だった。ビールを二本、三本と飲むと、酔いが回ってくる。酔いは、私と世界の境界をぼかしてくれる。輪郭線が溶けて、私という個体が、街の空気に混じっていくような感覚。
それでも、完全に消えるわけではない。かすかな残滓のように、意識だけがどこかに浮かんでいる。
「まだ、足りない」
私はいつもそう思った。
音楽は、より洗練された逃避だった。
クラブの巨大なスピーカーの前に立つと、低音が胸骨を内側から叩いた。鼓動とビートが重なり合い、自分の体なのか、音なのか、区別がつかなくなる。光が断続的に走り、他人の顔も、自分の顔も、ストロボの残像に変わっていく。
音の中では、言葉は無力だった。会話する必要も、説明する必要もない。ただ、音に身を任せていればよかった。
私は、踊るふりをして立ち尽くしていた。身体を揺らし、手を上げ、笑ってみせる。まわりの人たちは本当に楽しそうに見えた。彼らの中には、音楽そのものと融合してしまったかのような人もいた。
私は、それを外側から観察していた。
DJブースの光、汗ばんだ肌、スモークマシンの霧、床に落ちた氷の溶けた跡。私は、光景の細部を異様なほど冷静に記録していた。私にとってクラブは、「参加する場」ではなく、「観察する場」だった。
それでも、音は一瞬だけ、私の思考を黙らせてくれた。脳内のノイズが、低音の波に押し流されていく数十分間。だが、曲が終わり、照明が少し明るくなると、ノイズはすぐに戻ってきた。
快楽は、決して根絶ではなく、一時停止に過ぎなかった。
セックスもまた、同じ構造を持っていた。
私は、特定のパートナーに定着することを避けた。名前も覚えない人たちとの、一度きりの夜が多かった。ホテルの部屋の白いシーツの上で、見知らぬ身体と交わる。
相手の年齢、性別、職業。それらは、あまり関係がなかった。必要なのは、そこに「身体」があることだけだった。私の身体が応答し、相手の身体が応答する。二つの反応装置が、一時的に接続される。
行為の最中、私は相手の肩越しに、天井の模様をよく眺めていた。古いビジネスホテルの黄ばんだ天井、バンコクの安宿の天井扇、どこかの高級ホテルの、やけに真っ白な天井。
私は、魂のない肉体だった。美しい空き家だった。
身体は反応した。呼吸は荒くなり、心拍数は上がり、筋肉は震えた。だが、その反応の中に「私」はいなかった。ただ、身体という器が、他者の欲望に応答しているだけだった。
快楽の直後に訪れる静寂は、私にとって最も重要だった。相手がシャワーを浴びているあいだ、ベッドに仰向けになって、天井を眺める。その数分間だけ、私は完全に無形になれた。
しかし、シャワーの水音が止み、バスルームのドアが開くと、その無形の時間は終わる。
「気持ちよかった?」
その問いかけに、私はいつもの台詞で答える。
「うん、よかったよ」
それは、社交辞令であり、儀式の一部だった。快楽とは、互いに「快楽があった」と合意する社会的プロトコルでもある。
ドラッグも、一時期、私の夜に紛れ込んだ。
バンコクのカオサン通り。世界中から集まった「迷子たち」の吹き溜まり。そこで私は、多くの同類たちと出会った。
タブレットの形をした小さな約束事。粉末に変換された現実逃避。舌の上で溶けたそれは、数十分後に世界の輪郭を少しだけ変形させた。
音が色を持ち、光が音を立て、他人の笑い声が水の中から聞こえてくるようになる。身体の境界はさらに曖昧になり、壁や椅子や空気と、自分との違いがわからなくなる。
ある夜、ドラッグの煙が充満する部屋で、私は自分の手が溶けていく幻覚を見た。指先が煙になり、空気に混ざっていく。
恐怖はなかった。むしろ、深い安堵があった。
「ああ、やっと消える」
その状態は、たしかに心地よかった。なぜなら、私はそのとき初めて、「私であること」から解放されていたからだ。
だが、その解放にもやはり時間制限があった。薬の効果が切れれば、私はまた「私」に戻される。重たく、面倒で、空虚な「私」という肉体の檻に、強制送還される。
快楽は、高い利子のつく借金だった。
一時の忘却を得るために、私たちは魂の一部を支払う。そして、酔いが醒めた後の虚無感は、以前よりも深く、暗くなっている。
美術館にも、よく通った。
白い壁、静かな空気、展示物の前で立ち止まる人々。そこは、クラブとも、教会とも、バーとも違う、別種の静寂を持っていた。
私はよく、抽象画の前に立ち尽くした。意味のない色と形の羅列。そこには、物語も、人物も、風景もない。ただ、線と面と、色彩の配置だけがあった。
私にとって、抽象画の価値は「意味の欠如」にあった。そこには「解釈されるべき何か」が存在しない。私は、その前に立つことで、ようやく世界と対等になれたような気がした。
しかし、そこでもまた、私は観察者でしかなかった。絵の中に飛び込むことはできない。私はいつも、ガラス一枚分だけ世界から隔てられていた。
ある朝、メコン川のほとりで日の出を見た。
泥色の川面が、朝日で黄金色に輝き始めていた。対岸のジャングルから、鳥たちの鳴き声が聞こえる。圧倒的な生命の気配。
その美しさを前にして、私は絶望していた。
世界はこんなにも鮮やかで、生命に満ちている。なのに、私だけが、透明なカプセルの中に閉じ込められている。音が聞こえ、光が見えるのに、その「生」の感触だけが私に届かない。
私は、感覚を消費し尽くしてしまったのだと思った。
感動も、興奮も、悲しみさえも。すべてをやり尽くし、味わい尽くし、そして飽きてしまった。快楽の果てにあるのは、満足ではない。ただの「摩耗」だ。
私の感覚受容体は、過剰な刺激によって焼き切れ、鈍麻していた。もう、普通の刺激では何も感じない。さらに強い刺激、さらに危険な遊び、さらに深い忘却を求めなければならない。
それは、破滅への一本道だった。
快楽は、私から何かを奪ったのか。あるいは、何かを与えてくれたのか。
振り返ってみると、そのどちらも当てはまるようで、どちらも当てはまらない。
快楽によって、私は一時的に「私」というノイズから逃れることができた。その数時間のあいだ、私は存在の重さから解放されていた。それは紛れもなく、恩恵だった。
だが、快楽は、私に「持続」というものを与えなかった。そこには、連続した時間も、物語も、積み重ねもなかった。ただ、切断された瞬間の連なりだけがあった。
私は、どこにいても、「ここではないどこか」を欲望していた。
クラブにいても、ビーチにいても、ホテルのベッドの上でも、私は常に「ここではないどこか」を夢見ていた。そのどこかは地理的な場所ではなく、「私が存在しない場所」だった。
三十歳になる少し前、私は決断した。
「日本に帰ろう」とは思わなかった。帰る場所など、最初からなかったからだ。だが、旅を続ける体力も、もう限界に近づいていた。
私は、どこかに定住しなければならなかった。だが、それは「生活」を始めるためではない。「死ぬまでの時間」をやり過ごすための場所が必要だったのだ。
私が求めていたのは、刺激的な観光地ではなく、私のこの「冷たい空虚」を許容してくれる、湿った沼のような場所だった。
南へ。もっと南へ。
理屈ではなく、重力が私を引いた。腐敗と生成が同時に起こる場所。生と死の境界が曖昧な場所。
タイ。
そこが、私の終着点になる予感がした。
私は、古いアパートの部屋を片付け、最低限の荷物をスーツケースに詰めた。最後の夜、空になった部屋の真ん中に座って、カーテンのない窓の外を眺めた。
東京の夜景は、どこまでも平板だった。すべてが同じ輝度で、同じ無関心さを持っていた。
明くる朝、私は日本を離れた。
快楽は尽きたわけではない。ただ、私の求める「消去」の仕様には、もはや合致しなくなっていただけだ。私は、別の形式の消滅を探しに行くことにした。
飛行機が滑走路を走り始めたとき、私はシートベルトを締めながら、ふと思った。
「ここで墜落しても、きっと私は驚かないだろう」
それは自殺願望ではなく、単なる観察だった。存在に対する執着が、限りなく薄くなっていたという事実の、ささやかな証拠。
機体は上昇し、窓の外で雲が水平線になった。
その白い帯の向こうに、まだ見ぬ檻が待っていることを、私はまだ知らなかった。タイという、別種の「永遠の保留状態」が。
私は、またしても、檻の方へ向かっていた。自由を求めながら。
その矛盾に、気づかないふりをしながら。







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