名前のない朝 第四章 聖フランチェスコへの憧れ

第四章 聖フランチェスコへの憧れ

神を信じたかったわけではない。 ただ、私ではない何かに、すべてを委ねてしまいたかっただけだ。

大学二年生の秋、西洋美術史の講義で映し出されたジョットの壁画。粗末な修道服をまとい、小鳥に説教する聖人の姿。その瞬間、私の意識はその一枚の絵に釘付けになった。

アシジの聖フランチェスコ。裕福な商人の息子でありながら、すべてを棄てた男。富も、地位も、家族も、そして衣服さえも。広場で父親の前で裸になり、すべてを返上した。

何も持たないこと。何も所有しないこと。何者でもないこと。

私が長いあいだ探していた言葉が、七百年前の聖人の生涯の中に、すでに完璧な形で存在していた。それは憧憬というより、認識だった。「ああ、これだ」と。


その日から、私はフランチェスコに関するあらゆる文献を読み漁った。

『小さき花』『太陽の歌』『遺言』——彼の言葉は、どれも美しく、そして残酷だった。彼は「清貧」を愛した。だが、それは単なる経済的な貧しさではなかった。それは、存在そのものの貧しさだった。

「私は何も持たない。ゆえに、私は自由である」

彼のその言葉が、私の胸に深く刺さった。なぜなら、私もまた、何も持っていなかったからだ。名前も、アイデンティティも、身体さえも。だが、私のそれは「選択」ではなく、「欠如」だった。

フランチェスコは、持っていたものを棄てた。私は、最初から持っていなかった。

その違いは決定的だったが、結果としての「空虚さ」は同じだった。ならば、私もまた、その空虚さを「聖なるもの」として受け入れることができるのではないか。


大学三年生の春、私は教会に通い始めた。

最初に訪れたのは、キャンパスから徒歩十五分ほどの小さなカトリック教会だった。古い木造の建物で、ステンドグラスから差し込む光が、埃の粒子を照らし出していた。

平日の昼間の聖堂は、深海の底のように静かだった。古い木の匂いと、微かな乳香の香り。私は一番後ろの席に座り、ただ十字架を見つめていた。

祈っていたわけではない。神に何かを願うことさえ、私には「欲望」のように思えて汚らわしかったからだ。私はただ、その空間に溶け込みたかった。

日曜日のミサに参加するようになった。讃美歌が響き、神父が説教をする。周囲の信者たちは敬虔に祈りを捧げている。だが、私は違った。

私は、その場の「構造」に魅了されていた。

祈りという行為は、自己を神に明け渡すことだ。自分の意志を放棄し、より高次の存在に委ねる。それは、完璧な自己消去のメカニズムだった。

「主よ、あなたの御心のままに」

その言葉を唱えるとき、私は奇妙な安堵を覚えた。自分で決断する必要がない。自分で選択する必要がない。すべては神の意志であり、私はただその器となればいい。

私は、聖人になりたかったのではない。無機物になりたかったのだ。


週に三日、私は教会に通った。

朝のミサ、夕方の祈祷会、聖書研究会。私は熱心な信者として振る舞った。だが、その熱心さは、信仰からではなく、むしろ「信仰を演じることの完璧さ」への執着から来ていた。

神父は私を気に入った。若く、真面目で、知的好奇心が旺盛な青年。彼は私に神学書を貸し、個人的に議論の時間を設けてくれた。

聖書研究会で、私は一人の青年と出会った。彼は神学を専攻していた。真面目で、誠実で、信仰に対して純粋だった。私たちはミサの後、よくカフェで議論した。神の存在、罪の本質、救済の意味。

ある日、彼はこう言った。

「僕は、神を信じることで、自分を許せるようになった」

私は訊いた。「何を許すんだ?」

彼は少し躊躇してから答えた。「自分が、完璧ではないということを」

その言葉を聞いたとき、私は彼との決定的な違いを理解した。

彼は、不完全な自分を受け入れるために神を求めた。私は、自分を完全に消去するために神を求めた。

彼にとって信仰は「肯定」だった。私にとって信仰は「否定」だった。


私たちの関係は、友情だったのか、それとも何か別のものだったのか、いまでも判然としない。

彼と過ごす時間は心地よかった。話していても、沈黙していても、そこには奇妙な安心感があった。だが、それが「愛」なのか、ただの「共依存」なのか、私には区別がつかなかった。

ある夜、教会の裏庭で、彼は私の手を握った。

「君といると、安心する」

彼はそう言った。だが、私は何も答えられなかった。なぜなら、彼が握っているのは「私の手」ではなく、「私という役を演じている誰かの手」だったからだ。

ここでもまた、私は「スクリーン」だった。酒場が教会に変わり、欲望が信仰に変わっただけ。

人々は私という空っぽの器に、自分たちの見たい「聖なる幻影」を投影しているに過ぎなかった。


「君には、聖職者の資質がある」

ある日、神父はそう言った。「神学校への進学を考えてみてはどうか」

私は、その提案に心を動かされた。神父になる。それは、完璧な自己消去の完成形だった。私という存在を、完全に神という概念の中に溶解させること。

私は司祭に相談し、神学校への入学要項を取り寄せた。書類に名前を書き込みながら、私は奇妙な高揚感を感じていた。これで、私は終わる。この社会から、この性別から、この名前から、合法的に消えることができる。

だが、ペンが止まった。

ふと、祭壇に立つ自分の姿を想像したからだ。説教をする私。信者の告解を聞く私。パンと葡萄酒を掲げる私。

そこには、大勢の信者たちの視線があった。「神父様」「先生」「導き手」。彼らは私に、救いを求めるだろう。彼らは私に、正しさを求めるだろう。

「ああ、結局、同じだ」

神父というのもまた、ひとつの「役割」でしかなかった。美しい少年を演じることと、聖なる神父を演じること。その二つに、本質的な違いはなかった。どちらも、他者の期待に応えて振る舞う「演技」であり、そこには「私」の不在を埋めるための仮面が必要だった。


大学四年生の冬、私は神父への志望を正式に断念した。

理由を訊かれたが、明確な答えは出せなかった。「なぜ諦めたのか、今でも、私自身も分からない」——それが唯一の真実だった。

だが、いま振り返れば、その理由は明白だ。

私は、信仰を「自己消去の手段」として利用しようとしていた。だが、真の信仰とは、自己を消すことではなく、自己を神に委ねることだ。そこには、委ねるべき「自己」が必要だった。

私には、委ねるべき自己が存在しなかった。

空っぽの器を、神に捧げることはできない。なぜなら、神が求めているのは「器」ではなく、「器の中身」だからだ。


ある日、私は一人で教会を訪れた。

誰もいない礼拝堂で、私は祭壇の前に跪いた。十字架を見上げ、祈ろうとした。だが、言葉が出てこなかった。

私は、何を祈ればいいのか分からなかった。

神に何を求めればいいのか。救済か。赦しか。愛か。だが、それらはすべて「自己」を前提とした願いだった。自己が存在しなければ、救済も赦しも愛も、意味を持たない。

私は、ただ跪いたまま、沈黙していた。

その沈黙の中で、私はある確信に至った。

信仰は、私を救わない。なぜなら、救われるべき「私」が存在しないからだ。

フランチェスコは、すべてを棄てて神に至った。だが、私は、最初から何も持っていなかった。棄てるものがなければ、棄てることもできない。

私の清貧は、聖なるものではなかった。それは、ただの欠如だった。


教会を去るとき、私は振り返って十字架を見た。

その十字架は、相変わらず静かにそこに立っていた。だが、それは私に何も語りかけなかった。私もまた、それに何も語りかけなかった。

私たちは、互いに無関係だった。

信仰は、別の形の迷いだった。

それは「救済」ではなく、「自己消去への衝動」を正当化するための言い訳だった。私は、神を求めていたのではなく、「私が存在しないこと」を承認してくれる何かを求めていた。

だが、神は、存在しない者を承認しない。神が愛するのは、罪深くとも、不完全でも、確かに存在する魂だ。

私には、その魂がなかった。


それでも、フランチェスコへの憧憬は、以後の人生を貫く一本の糸となった。

「無への憧れ」「清貧への渇望」「自己消去への衝動」——それらは、信仰という形を失った後も、私の中に残り続けた。

私が求めていた「無」は、決して聖なるものではなかった。それは、ただの空白だった。

そして、その空白を埋めるために、私は次の場所へと向かわなければならなかった。

神という他者に依存するのではなく、自らが別の何かの一部となることで、自己を消滅させる道へ。

聖堂の冷たい床の感触は、今でも私の記憶の底にある。それは、私が初めて触れた「永遠」の温度だったのかもしれない。