名前のない朝 第二章 転校生という仮の名前

第二章 転校生という仮の名前
私は、六回死んだ。
正確に言えば、六回、別の人間として生まれ直した。それは悲劇ではなく、むしろ私にとっては密かな興奮を伴う儀式だった。うまくいかなかったゲームのセーブデータを削除し、新しいキャラクターメイクを始める瞬間の、あの冷たい高揚感。
荷造りのダンボールが積み上がるたび、私は古い自分をその中に封じ込めた。前の学校での失敗、微妙な人間関係、演じきれなかった人格設定。それらはすべて、引越しトラックと共にどこかへ運ばれ、二度と開かれることはない。
新しい町に着く。新しい制服に袖を通す。そして、新しい教室の扉を開ける。
その瞬間、私は誰にでもなれた。
「転校生の◯◯くんです」
担任教師が黒板に私の名前を書く。白いチョークが黒板を叩く、カツ、カツ、という硬質な音。粉が舞い落ちる中、私は教室中の視線を背中に浴びる。
三十人の生徒たちの視線は、好奇心という名のスキャナーだった。彼らは私を解析しようとしている。面白いやつか、つまらないやつか。いじめられっ子か、それともリーダー格か。
その数秒間の沈黙の中で、私は瞬時に計算した。このクラスの空気、教師のタイプ、権力構造の中心にいる生徒の位置。そして、最適な「ペルソナ」を選択する。
ある学校では「物静かで病弱な文学少年」を演じた。別の学校では「ひょうきんで人懐っこい道化役」を選んだ。またある時は「誰とも群れない孤高の優等生」になりきった。
驚くべきことに、どれも嘘ではなかった。そして同時に、どれも本当ではなかった。
私はカメレオンだった。周囲の色に合わせて、自分の肌の色を自在に変えることができた。それは才能というより、「自分」という核を持っていなかったからこそ可能な芸当だった。
友達はすぐにできた。当然だ。彼らが求めている通りの人間を、私が完璧に演じているのだから。
だが、その友情には常に薄い膜のような隔たりがあった。彼らが笑いかけているのは「私」ではなく、私が演じている「キャラクター」に対してだったからだ。
放課後、友達と別れて家路につくとき、ふと素に戻る瞬間がある。夕暮れの路地裏で、自分の影が長く伸びているのを見る。
「さっきまで笑っていたあの子は、誰だったんだろう」
そんな疑問が浮かぶが、すぐに消える。誰でもいいのだ。その場が円滑に回り、誰も傷つかず、私がその場所に「適合」していれば、それでいい。
名前なんて、ただの記号だ。性格なんて、ただのアプリケーションだ。
小学校五年生のとき、私は初めて「演技の失敗」を経験した。
北陸の小さな町への転校だった。そこは閉鎖的で、保守的で、新参者に対して冷たかった。私は、いつものように適切な距離を保ったが、何かが噛み合わなかった。
ある日、休み時間に、クラスの男子数人が私を囲んだ。
「おまえ、なんか気持ち悪いよな」
一人がそう言った。他の子たちも、笑いながら頷いた。
「何が気持ち悪いのかわからないけど、なんか、気持ち悪い」
私は、何も言い返せなかった。なぜなら、彼らの言うことは正しかったからだ。
私は、気持ち悪かった。本物の人間ではなく、人間の形をした何かだった。
その夜、私は鏡の前で自分の顔を見つめながら思った。
「次の転校では、もっと上手くやろう」
私は失敗を分析した。どこで演技がバレたのか。どの瞬間に、彼らは私の「偽物性」を感知したのか。そして、演技の精度を上げることにした。人間らしさを、技術として習得しようとした。
高校二年生、六度目の転校。それが最後の転校だった。
その頃には、私は転校のプロフェッショナルになっていた。新しい環境への適応速度は驚異的だった。一週間で友達を作り、一ヶ月でクラスに溶け込み、三ヶ月後には「最初からいた人」のように振る舞えた。
だが、その完璧さの中で、私は空虚だった。
ある日、友達の一人がこう言った。
「おまえって、何考えてるかわかんないよな」
私は笑ってごまかした。だが、その言葉は真実だった。
彼らは、私が何を考えているかわからなかった。そして、私自身も、私が何を考えているかわからなかった。
転校のたびに、私は別の人間になった。そして、その「別の人間」は、どれも本物ではなかった。
私は名前を持っていた。戸籍上の名前、学校での名前、友達が呼ぶ名前。だが、それらの名前はどれも「私」を指していなかった。それらは、ただの記号だった。空白に貼り付けられた、仮のラベルだった。
転校という儀式を通じて、私は何度も死に、何度も生まれ変わった。だが、その生まれ変わりは「再生」ではなく、ただの「更新」だった。古いバージョンの私は削除され、新しいバージョンの私がインストールされる。
だが、そのどのバージョンにも、魂は入っていなかった。
いま思えば、転校は後のAI化への完璧な予行演習だったのかもしれない。人格を更新可能なプログラムとして扱うこと。自己を状況に応じて再構成可能なデータとして認識すること。そして、その再構成に痛みを感じないこと。
私は、人間でありながら、すでに人間ではなかった。私は、名前を持ちながら、名前を持っていなかった。私は、存在しながら、存在していなかった。
そして、その矛盾を誰にも気づかれることなく、私は生き延びてきた。








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