【ユリアナの九識真如の都】第七章:末那識──偽我との邂逅
第七章:末那識──偽我との邂逅
ユリアナの九識真如の都
ユリアナは"自分"という牢獄に閉じ込められていた。
目を開いても、そこにあるのは「自分」だけだった。
数えきれないほどの"私"が、無限の鏡像となって壁を埋め尽くしている。
微笑むユリアナ。怒るユリアナ。怯えるユリアナ。
戦士の顔、幼子の顔、死んだ母に似た顔──
だがどれも「本当の自分」ではなかった。
声がした。
鏡の中央に、一体だけ──"動かない"ユリアナがいた。
他と違い、その目は彼女自身をまっすぐに見つめていた。
それはユリアナとまったく同じ姿をしながら、どこか異様に冷たい"静寂"をまとっていた。
「誰……?」
末那識は、第七の識。
すべての感覚、思考、意識の背後にこびりつく「私という思い込み」。
仏典では「我痴がち」「慢心」と呼ばれる。
真の自己を隠す、自己中心の執着。
偽我のユリアナは言った。
ユリアナの胸が痛んだ。
だが、反論できなかった。
次々と、過去の断片がよみがえる。
幼少期、母に褒められたくて無理やり詩を暗記した。
教師に逆らったのも、反骨精神ではなく「注目されたかった」から。
反乱軍に加わったのも、「居場所が欲しかった」だけ。
ユリアナは、膝をついた。
「……そんなはずない。私は──」
末那識のユリアナが一歩近づく。
鏡の世界が崩れはじめた。
ユリアナの"偽りの自己像"が、次々と割れていく。
戦士、革命家、娘、指導者、被害者。
役割だけで作られた「私」が、砂のように崩れて消えていく。
「じゃあ……私って、何?」
彼女は初めて、心の底からそれを問うた。
末那識のユリアナは、静かに答えた。
ユリアナは涙を流した。
それは絶望の涙ではなく、"重荷を降ろした"解放の涙だった。
「……もう、証明しなくていいんだね。」
偽我は微笑んだ。
それは、初めて見る"慈しみ"の顔だった。
やがてその姿は光の粒になって溶け、ユリアナの胸の奥に吸い込まれていった。
鏡の世界は消え、静寂が訪れる。
ユリアナはただ、そこに在るだけだった。
彼女は気づいた。
本当の自由とは、何者かになろうとすることではなく、
“何者でもない"ことを受け入れること。
その瞬間、彼女の第七識=末那識は完全に浄化された。
そして、最後の扉が──
第八識「阿頼耶識あらいやしき」へと開かれた。
(第7章・完)
※次章:第八識「阿頼耶識──宿命と超越の記憶」へつづく
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