【ユリアナの九識真如の都】第七章:末那識──偽我との邂逅

第七章表紙

第七章:末那識──偽我との邂逅

ユリアナの九識真如の都

ユリアナは"自分"という牢獄に閉じ込められていた。

目を開いても、そこにあるのは「自分」だけだった。

数えきれないほどの"私"が、無限の鏡像となって壁を埋め尽くしている。

微笑むユリアナ。怒るユリアナ。怯えるユリアナ。

戦士の顔、幼子の顔、死んだ母に似た顔──

だがどれも「本当の自分」ではなかった。

鏡の空間

無数の鏡に映る偽りの自己像
「ようやく来たわね、"私"」

声がした。

鏡の中央に、一体だけ──"動かない"ユリアナがいた。

他と違い、その目は彼女自身をまっすぐに見つめていた。

それはユリアナとまったく同じ姿をしながら、どこか異様に冷たい"静寂"をまとっていた。

「誰……?」

「あなた。でも、"あなたが捨ててきたもの"でできている私。私は──末那識のユリアナ。あなたが認めたくなかった『私』よ。」

ヨハネスとの対話

偽我との対峙

末那識は、第七の識。

すべての感覚、思考、意識の背後にこびりつく「私という思い込み」。

仏典では「我痴がち」「慢心」と呼ばれる。

真の自己を隠す、自己中心の執着。

偽我のユリアナは言った。

「あなたは"正義のために戦っている"と思ってる。でも、それはただの自己満足よ。」

ユリアナの胸が痛んだ。

だが、反論できなかった。

「母を救いたい? 帝国を変えたい?違う。あなたは"自分の価値"を証明したいだけ。"存在していい理由"を、誰かに与えてほしいだけ。」

次々と、過去の断片がよみがえる。

幼少期、母に褒められたくて無理やり詩を暗記した。

教師に逆らったのも、反骨精神ではなく「注目されたかった」から。

反乱軍に加わったのも、「居場所が欲しかった」だけ。

ユリアナは、膝をついた。

「……そんなはずない。私は──」

「『私は』。そう、それがあなたの"病"よ。」

末那識のユリアナが一歩近づく。

「『私は正しい』『私は悲劇の主人公』『私は希望』でも、本当はずっと怖かった。誰にも必要とされない自分に、意味がないって知らされるのが。」

鏡の破片と偽我の解体

崩れゆく偽りの自己像

鏡の世界が崩れはじめた。

ユリアナの"偽りの自己像"が、次々と割れていく。

戦士、革命家、娘、指導者、被害者。

役割だけで作られた「私」が、砂のように崩れて消えていく。

「じゃあ……私って、何?」

彼女は初めて、心の底からそれを問うた。

末那識のユリアナは、静かに答えた。

「"私など、もともと存在しない"。それを受け入れることでしか、本当の自己には届けない。」

ユリアナは涙を流した。

それは絶望の涙ではなく、"重荷を降ろした"解放の涙だった。

「……もう、証明しなくていいんだね。」

「そう。あなたは"存在している"だけで、すでに"完全"だったの。」

白い犬との邂逅と悟り

「空」への悟り

偽我は微笑んだ。

それは、初めて見る"慈しみ"の顔だった。

やがてその姿は光の粒になって溶け、ユリアナの胸の奥に吸い込まれていった。

鏡の世界は消え、静寂が訪れる。

ユリアナはただ、そこに在るだけだった。

「これが……"空くう"──。」

彼女は気づいた。

本当の自由とは、何者かになろうとすることではなく、

“何者でもない"ことを受け入れること。

その瞬間、彼女の第七識=末那識は完全に浄化された。

そして、最後の扉が──

第八識「阿頼耶識あらいやしき」へと開かれた。

(第7章・完)

※次章:第八識「阿頼耶識──宿命と超越の記憶」へつづく

作品について

タイトル:ユリアナの九識真如の都

著者:ユリアナ・シンテシス

ジャンル:哲学的サイバーパンク小説

本作品は、仏教の九識論とサイバーパンクの世界観を融合させた独創的な小説です。
アクシオム帝国という管理社会で、主人公ユリアナが九つの意識層を順次覚醒させていく物語を描いています。
第七章では「末那識」をテーマに、偽我との対峙と「空」の悟りに至る過程が美しく描かれています。