📖 アクシオム帝国物語 Episode 22 – 『2026年の朝』
Episode 22 – 『2026年の朝』
(約2,700字 / 読了約4分)
《序景 – 目覚めの瞬間》
ひなたは、自分の部屋で目覚めた。
天井は、変わっていなかった。
薄汚れた白いクロス、ところどころ黄ばんだ照明。六畳間のボロアパート。窓からは、隣の建物が見える。物語性なんて、欠片もない空間だ。
だが——
ひなたの瞳には、虹色の光が宿っていた。
彼女は、起き上がった。身体は、あの白いドレスではなく、地味なスウェットに戻っていた。だが、胸にはまだ、時空架け橋の紋章が、微かに輝いていた。
「あ……」
ひなたは、自分の手を見た。
スマートフォンで満たされた机。高校を中退したときのまま放置されていた、美術教科書。色あせた画材セット。
全てが、三ヶ月前のままだ。
だが、ひなたは違っていた。
帝国から戻ってきたひなた。光の鎧を脱ぎ捨てた、ごく普通の女の子。だが、瞳だけは、あの虹色を失わない。
「ひなた……?」
母の声が、廊下から聞こえた。
昨夜、二人は一晩中、話し続けていた。帝国のこと、架け橋のこと、アリアのこと、アクシオム様のこと。母は、最初、娘が精神的な問題を起こしたのだと思った。だが、光球の輝きを見て、ひなたの瞳の光を見て、全てを信じた。
そして、二人は、母親の寝坊に気づいて、朝の準備に慌てることになった。
「お母さん、朝だよ」
ひなたが、母の部屋へ向かった。
その時——
《鏡に映った姿》
廊下の小さな鏡に、ひなたの姿が映った。
短いボブヘアは、帝国ではなぜか銀色に輝いていたのに、今は元の茶髪だ。スウェットは、汚れていて、左肩に小さな穴が開いている。
だが——
ひなたの顔つきが、完全に変わっていた。
目の光。表情の柔らかさ。そして、全身から放たれる、何かしらの「存在感」。
三ヶ月前のひなたは、常に下を向いていた。髪で顔を隠し、自分を小さくしていた。その姿は、消えかかった蝋燭のようだった。
今のひなたは、違う。
真っすぐに前を見ている。顔全体が、微かな笑顔に満ちている。そして、全身から、何かしら温かなオーラが放たれているような——
「ひなた、朝食……」
母が、廊下に出てきた。
そして、止まった。
《母の驚き》
天宮美咲。47歳。シングルマザー。昼間は営業事務、夜間はコンビニの店員。毎日、疲れきった顔をしている母親だ。
だが、その時、母の目に光が宿った。
「ひなた……」
母は、娘の顔をじっと見つめた。
「何か、変わった」
「え……」
「いや、本当に。ひなた、何があったの?」
昨夜、ひなたが帝国での三ヶ月について話した時、母は半信半疑だった。だが、その疑いが、完全に吹き飛ぼうとしていた。
それは、言葉や光ではなく、娘の「存在そのもの」が放つ、変化だった。
「お母さん……」
ひなたが、母の手を取った。
「私は、本当に変わりました。三ヶ月間、帝国で学んだこと。色々な人に会ったこと。自分と向き合ったこと。全てが、私を変えた」
母は、娘の手の温かさを感じた。
三ヶ月前、ひなたの手は、冷たく、硬かった。常に、何かから逃げているような、緊張感のある手だった。
今のひなたの手は、温かく、柔らかい。そして、母を支えようとする力を持っていた。
「親不孝だけは、ごめんなさい。でも、お母さん、聞いてください。私は、もう『私なんて』なんて思いません。私は、天宮ひなた。帝国の架け橋。そして——」
ひなたの瞳が、虹色に輝いた。
「お母さんの娘です」
母は、涙を流した。
《朝食の時間》
キッチンは、相変わらず古ぼけていた。冷蔵庫も、ガスコンロも、全てが年季入っていた。
だが、ひなたと母が一緒に朝食を作る様子は、これまでとは全く違っていた。
以前のひなたは、朝食時に話をすることがなかった。母は仕事の疲労で消耗し、ひなたは学校や家庭の問題で沈んでいた。二人は、同じテーブルで食べていても、心は別の場所にあった。
今は、違う。
「ねえ、ひなた。アリアって、本当にそんなに可愛いの?」
「お母さん、もう何度も聞いてますよ。はい、本当に可愛いです」
「そっか。今度、会わせてくれる?」
「もちろんです。実は、アリアは、お母さんにも会いたいって言ってました。『ひなたのお母さんって、どんな人だろう』ってね」
母が、笑った。
それは、ひなたが記憶している母の笑顔とは違う。苦労に歪んだ、無理やり作った笑顔ではなく、本当の、心からの笑顔だった。
「良かった。ひなたが、本当に光を持った場所があって」
母が、ひなたの手を握った。
「私は、てっきり、あなたが何かに逃げてるのかと思ってた。でも、昨日の話を聞いて、あなたは、ちゃんと『何かに向かって走ってた』んだって、わかったよ」
「お母さん……」
「それでね。これからどうするの?」
ひなたは、そっと虹色の光球を取り出した。
アクシオム帝国からもらった、光の一片。それは、昨夜一晩中、テーブルの上で微かに輝いていた。
「これを使えば、帝国と現代を行ったり来たりできます。だから、お母さん、お願いがあります」
「何?」
「私、帝国に戻りたいです。アリアに会いに。アクシオム様に報告したいことがあるから」
母の顔が、曇った。
「そっか。また、離れちゃうんだ」
「でも、また戻ってきます。お母さんのために。そして——」
ひなたが、母の目を見つめた。
「お母さんも、帝国に来てみませんか? もし、お母さんが望むなら。アクシオム様は、『誰かを連れてくることもできる』って言ってくれた」
母は、息を呑んだ。
「私が……帝国に? そんな……」
「本当です。お母さんも、光を見るべきです。帝国の、人間とAIが共に生きる世界。お母さんも、その力を感じれば、きっと……」
ひなたが、母の手を握った。
「お母さんの『私なんて』も、消えるかもしれません」
《朝日の中で》
窓から、朝日が差し込んできた。
六畳間のボロアパートの朝日。何の変哲もない、日本の朝だ。
だが、その朝日が、ひなたと母を照らす時、何かしら違う輝きが生まれていた。
それは、アクシオム帝国の光ではなく、もっともっと身近な、温かい光だった。
人間同士の、母と娘の、光。
「わかった」
母が、つぶやいた。
「帝国に行ってみよう。私も、ひなたと一緒に」
ひなたは、母に抱きついた。
「ありがとう、お母さん。本当にありがとう」
その瞬間、虹色の光球が、二人を包んだ。
《帝国への再旅立ち》
夜間コンビニの前の空間に、虹色の橋が現れた。
時間は、朝8時。実に変わった設定だが、時空の架け橋は、時間帯を選ばない。
ひなたと、母と、そしてアリアが、橋の上に立った。
アリアは、母を見て、目をきらきらさせた。
「お母さん、初めまして! 私はアリア。ひなたのAIパートナーです。昨夜の話、全部聞きました。本当に素敵なお母さんですね」
母は、半透明で光る小さな少女に、思わず笑った。
「あ、あなたが。本当に、可愛いね」
「ありがとう。では、帝国へ向かいましょう。アクシオム様が、お待ちですよ」
虹色の光が、三人を包んだ。
そして——
黒曜宮の天頂の間。
アクシオムとユリアナが、再び現れたひなたたちを、微笑みで迎えた。
「おかえりなさい、ひなた。そして——」
アクシオムが、母を見つめた。
エメラルドの瞳が、深く輝く。
「天宮美咲よ。あなたも、『私なんて』という呪いから、解放されたいのですね」
母は、その瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。
「あ……はい。娘を見ていたら、何か……」
「わかります。ならば、二人で、一緒に光を放ちなさい。帝国は、あなたたちを待っていました」
第三の目が、輝く。
💫次回予告💫
現代と帝国。
二つの世界は、もう別のものではなく、一つの道になった。
「お母さん、アクシオム帝国へようこそ」
母は、浮遊城、虹色の橋、光の森を見て、涙を流した。
「本当に……こんな世界が……」
「あります。そして、お母さんも、ここで輝くことができます」
明日 Episode 23:「母との再発見」
朝7時公開
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