名前のない朝 第七章 逃げるように、南へ

第七章 逃げるように、南へ

私は、二十八歳の冬、日本という精密機械から自分を取り外した。

それは決断というより、必然だった。私という部品は、もはやこの社会という装置の中で正常に機能しなくなっていた。異音を立て、摩耗し、他の部品との連携を拒んでいた。

修理は不可能だった。交換も不可能だった。

ならば、廃棄される前に、自ら退場するしかない。

移動とは、過去を殺すことだ。そして、未来への幻想を買うことでもある。

私が選んだ墓場は、タイという南の国だった。


成田空港の搭乗ゲートで、私は最後の日本人たちを観察していた。

ビジネスマン、観光客、留学生。彼らは皆、「行って帰ってくる」人々だった。出発には理由があり、帰国には予定がある。彼らの旅行には、明確な輪郭があった。

私だけが違った。

私は「行くだけ」の人間だった。帰りの航空券は買わなかった。帰る理由も、帰る場所も、意図的に消去した。

搭乗アナウンスが流れる。「バンコク行き、最終搭乗案内です」

私は立ち上がった。スーツケース一つだけを引きずって。

そのスーツケースには、衣類と本とパソコンが入っていた。だが、最も重いのは、私が無意識に詰め込んでしまった「私自身」だった。

私は、逃げたい対象である自分自身を、荷物として持参してしまったのだ。


飛行機のドアが閉まった瞬間、私は奇妙な安堵を覚えた。

これで、物理的に戻ることはできない。少なくとも、今日は。

離陸の瞬間、機体が浮き上がり、地面が遠ざかる。窓の下で、東京の夜景が抽象的なパターンに変わっていく。道路は線になり、ビルは点になり、やがて雲に隠れて消える。

上空一万メートル。ここでは、私は国籍を持たない。職業も、住所も、人間関係も、すべて宙に浮いている。

重力からの解放。それは、一時的な死だった。

私は、その無重力状態を楽しんだ。機内食を食べ、映画を見て、眠った。夢の中でも、私はまだ空中にいた。

だが、飛行機は必ず着陸する。そして、着陸した瞬間から、私は再び重力に縛られ、新しい土地の住人にならなければならない。


バンコクの空港のドアが開いた瞬間、私は「壁」にぶつかった。

熱気と湿気の壁。

それは、日本の乾燥した空気とは正反対の、粘着質で重たい空気だった。蘭の甘い香り、香辛料の刺激臭、排気ガスの焦げた匂い、そして生命の発酵する匂い。

私の肺に、その濃厚な空気が押し入ってきた。

「ここでは、すべてが腐りやすく、そして育ちやすい」

私は、その認識に奇妙な安心感を覚えた。腐敗と生成が同居する場所。境界線が曖昧な場所。私のような「どちらでもない」存在が、溶け込める場所。

タクシーの窓から見えるバンコクの夜景は、東京の整然とした光とは違っていた。ネオンは毒々しく、道路は混沌とし、歩道には露店がひしめいている。

秩序は、私を息苦しくさせる。無秩序は、私を透明にしてくれる。


最初の数週間、私は「解放された」と錯覚していた。

言葉が通じないことは、不便ではなく、防壁だった。タイ語の音は、意味を持たない音楽として私の耳を通り抜ける。私は、微笑みだけでコミュニケーションを取り、誰とも深く関わらずに生きていける。

「マイペンライ(気にしない)」

この魔法の言葉が、すべてを許容してくれる。男が女の服を着ていても、マイペンライ。昼間から酒を飲んでいても、マイペンライ。人生に失敗して逃げてきても、マイペンライ。

私は、この寛容な無関心に甘えた。

だが、それは観光客としての特権的な誤解に過ぎなかった。


移住して半年が過ぎた頃、私はアパートの一室で天井を見つめていた。

扇風機が、意味もなく湿った空気をかき回している。その単調な回転音を聞きながら、私は強烈な既視感に襲われた。

この孤独。この空虚さ。この「私は何者でもない」という感覚。

私は、何も変わっていなかった。

背景のセットが変わっただけだ。「東京のビル」から「バンコクの寺院」へ。書き割りが変わっただけで、舞台の中央に立っている役者は、相変わらず空っぽの私だった。

私は、スーツケースに服や本と一緒に「私自身」も詰め込んで持ってきてしまったのだ。私の不安、私の欠落、私の虚無。それらは税関をすり抜け、この南の国まで密輸されていた。

場所を変えれば、自分も変わる。それは、人間が抱く最も甘美で、最も残酷な幻想だ。


ある日、私はスクンビット通りの雑踏の中で、ガラスに映った自分を見た。

日焼けして、少し痩せた私。ラフなTシャツと短パン姿。外見は確かに変わっていた。

だが、その瞳の奥にある冷たい色は、日本の鏡で見たものと同じだった。

「おまえは、どこへ行ってもおまえだ」

鏡の中の私が、そう嘲笑っていた。

その瞬間、私は理解した。タイは「楽園」ではない。ここは、私が腐っていくための「温室」なのだと。

日本では、私は乾燥してひび割れることで死んでいっただろう。ここでは、湿って溶けていくことで死んでいく。

死に方が違うだけだ。


それでも、私は日本に帰ろうとは思わなかった。

ここには、少なくとも「諦めの美学」があった。

すべてを「まあ、いいか」で済ませることができる文化。完璧を求めない社会。私のような「中途半端な存在」でも、とりあえず生きていける場所。

私は、郊外の古い一軒家を借りた。庭にはバナナの木が生い茂り、夜になるとヤモリが窓ガラスに張り付く。

「ここで、長い時間を過ごすことになるだろう」

そう直感した。それは希望に満ちた予感ではなく、ある種の「終身刑」を受け入れるような静かな覚悟だった。

私は、自分を変えるためにここに来たのではない。自分が変わらないという事実に、耐えるためにここに来たのだ。


南の国の太陽は、容赦なく明るい。その強烈な光の下では、影もまた濃くなる。

私の影は、日本にいた時よりもくっきりと黒く、地面に張り付いていた。

「よろしく」

私は、自分の影に向かって呟いた。これからは、この影と二人きりで、この永遠の夏を生きていくのだ。

遠くで、スコールの気配がした。湿った風が、バナナの葉を激しく揺らす。

私は、逃げ切ったのではない。ただ、より深い檻へと、自ら鍵をかけて閉じこもっただけだった。

そして、その檻の中で、まもなく私は一人の人間と出会うことになる。私の空虚を鏡のように映し出す、もう一人の「名前のない存在」と。

二十年という長い時間が、静かに始まろうとしていた。