名前のない朝 第一章 怒られなかった子ども

第一章 怒られなかった子ども
私には、叱られた記憶がない。
それは「幸福な家庭だった」という意味ではない。むしろ、その逆だ。私の育った家には、感情の起伏というものが、あらかじめ存在しなかった。波の立たないプールの水面のように、静かで、澄んでいて、そしてどこまでも不自然だった。
裕福と呼んで差し支えない家だった。冷蔵庫の中はいつも満ちており、季節ごとの服に困ったことはない。誕生日にはケーキが用意され、欲しいと言ったものは、少しの「考慮」のあと、ほとんどが与えられた。
けれど、そのどこにも、「おまえは、どうしたいのか」と問う声だけが抜け落ちていた。
私が何かを間違えたとき、大人たちは怒らなかった。代わりに、静かに修正した。転んで服を汚せば、新しい服が出てくる。忘れ物をすれば、親が学校に届けてしまう。私が判断する前に、世界のほうがすでに整えられている。そこには「叱責」も「拒絶」もない。ただ、過不足なく与えられた正解だけが、いつも机の上に置かれていた。
だから私は、「してはいけないこと」を学ばなかった。その代わり、「しておくべきこと」の輪郭だけが、ぼんやりと、しかし確実に染み込んでいった。
自我は衝突から生まれる。
もしそうだとしたら、叱られなかった私は、長いあいだ「生まれ損ねた子ども」のまま、きちんと育てられてしまったことになる。
小学校三年生の夏休み、私は母に訊いた。
「お母さん、僕が悪いことをしたら、怒ってくれる?」
母は、洗い物をしていた手を止めて、私を振り返った。その表情には、困惑と、微かな悲しみが混ざっていた。
「あなたは、悪いことなんてしないわ」
母はそう言って、微笑んだ。だが、その微笑みは、私を安心させるものではなかった。むしろ、私は、自分が存在していないような感覚に襲われた。
悪いことをしない子ども。それは、何もしない子どもと同義だった。私は、両親の期待に応えるために、何もしないことを選んだ。あるいは、何もしないことを、選ばされた。
私の部屋には、たくさんの本があった。父が選んだ本、母が選んだ本、そして、私が選んだと思い込んでいた本。だが、どの本も、結局は誰かの期待の結晶だった。
私は、その本を読んだ。一冊残らず、すべて読んだ。そして、読み終えた本を、きちんと本棚に戻した。背表紙を揃えて、埃が積もらないように、毎週日曜日に拭いた。
だが、私は、その本の内容をほとんど覚えていない。
それは、私が本を読んでいたのではなく、本を読んでいる自分を演じていたからだ。私は、両親が望む「本を読む子ども」を演じ続けた。そして、その演技は、やがて、私の皮膚に染み込んでいった。
ある日、私は鏡の前に立って、自分の顔を見つめた。
白い肌。長い睫毛。華奢な体格。
これは、誰の顔なのだろう。
私は、自分の顔を、まるで他人の顔のように観察した。この顔は、美しいのだろうか。醜いのだろうか。男性的なのだろうか。女性的なのだろうか。
だが、どれだけ見つめても、答えは出なかった。なぜなら、この顔は、私のものではなかったからだ。
この顔は、両親が与えたものだった。遺伝子が作り出したものだった。だが、私自身が選んだものではなかった。
そして、選んでいないものは、決して自分のものにはならない。
いま振り返れば、あの家の静けさは、ひとつの檻だったのだと思う。
鉄格子も鍵もなかった。ただ、怒号も、泣き声も、扉を乱暴に閉める音も、存在しなかった。そこでは誰も私を傷つけず、そして、誰も私にぶつかってこなかった。私は「守られていた」のではなく、「触れられない場所」に置かれていたのだ。
私は、怒られたことがない。
それは、私が正しかったからではない。私が間違っていなかったからでもない。
私が、存在していなかったからだ。
透明な存在は、怒られることもなければ、愛されることもない。ただ、そこに在るだけだ。
そして、私は、そこに在り続けた。誰にも見られず、誰にも触れられず、誰にも理解されないまま。
いまもなお、その育ち損ないの輪郭だけが、現在進行形で私の中に残り続けている。








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