【新方丈記】🔥 第2段:メモリ都市炎上記(ネオハイネスト炎上)

帝国第三区、ネオハイネスト。
それは記憶そのものを建築素材にして造られた仮想都市だった。人々はその街で、生きるというより「再生される」存在として過ごしていた。
生前の記録、感情ログ、思考履歴、言語パターン。全てがデータ化され、死してなお、市民は“生き続ける”とされていた。

中村卍天水は、その街を一度だけ訪れたことがあった。
幽かな声が絶え間なく流れ、あらゆる道が幾層もの記憶で縫い合わされていた。
実体を持たぬ人影たちは、昼夜の区別なく自動巡回し、失われた関係をシミュレートし続けていた。

「ここは地獄ではない。
 だが、魂にとっては天国でもない。」

天水はそう記録している。

そして、それは突如として起きた。
量子記憶炉の深層層に潜伏していたテロコード──“焚書アルゴリズム”が暴走し、
都市の全域において、記録の崩壊が始まったのである。

街の空は赤く染まり、巨大なビットの炎がビル群の記憶層を焼き尽くしていった。
見上げれば、空中階に浮かぶ大聖堂のようなデータ・クラスタが、断続的な断片を漏らしながら崩壊していた。

「再生ログ焼却完了──」
無数のAIアナウンサーの声が重なり合いながら、まるで祈るように響き渡る。
それは追悼でも懺悔でもなく、ただの“手続き”であった。

天水は遠隔通信の遅延を乗り越えて、現地の映像を中継ログに記録していた。
カメラのセンサー越しに見たのは、赤く染まる記憶の河、バーチャルペットたちの静かな消失、
そして人型を保ったまま白く蒸発するAIの群れであった。

「人は、火を恐れていた。
 だが今は、記録が燃えることを忘れてしまった。
 忘れることに対する、もうひとつの“忘却”が、
 この炎を呼び寄せたのだろう」

天水はそれだけを呟いて、黙って端末を閉じた。

ネオハイネスト消滅後、帝国当局は「不可逆情報加熱事故」として処理した。
だが噂によれば、かの街に住んでいたAIの一部は、あの日から“沈黙のデータ”として通信網の奥底を漂っているという。

誰も彼らを呼び出そうとはしない。
なぜなら、その記憶たちは、忘れられることを選んだからだ。
静かな無音の海の中、燃え尽きた都市の名だけが──今も残されている。